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aichikenminの書斎

20代サラリーマンが、読んだ本と、心に残った言葉、その時考えたことを徒然なるままに書き留めたもの(金融、理系、工学、航空機、読書)

【読書】気づいたら先頭に立っていた日本経済/吉崎達彦 遊民経済学で未来が開ける

経済の中心はこれからどこに行くのか

気づいたら先頭に立っていた日本経済 (新潮新書)

新品価格
¥864から

ゲーム、観光、ギャンブル、第二の人生。
経済が実需から解離し、遊びでしか伸ばせなくなった需要。
日本には様々な遊びのマーケットがある。
成長の種はそこらじゅうに転がっているのが日本なのだ。
実需で稼げなくなったからこそ、遊びで稼ぐのだと言う。
ものにフォーカスを当てて我々は進んで行かなければならない。

サービスという目に見えないものを売る

「 今の時代は工業から商業へモノからサービスへと移りつつある」
理由は簡単。
世間が全般的にそこそこ豊かになった。
モノは高品質、高性能になり、ある程度満足してしまったのだ。
じゃあ次はサービスという体験に軸足を移すしかない。
消費者に満足を体験させるというサービスに。
 

 

投資家保護とリスクシェア

「リスクを取るべきでない人が、リスクを取るようになってしまっているのではないかなと」
株式市場や不動産マーケットとはどういう人をターゲットにしているか。
年金だけの生活で、苦しくなることが見えている老人ではないだろうか。
はたして彼らはリスクを取るべき人間なのか。
それって何かおかしい。
なぜなら生きるためのキャッシュフローを作るのに、なぜリスクをとらなければならないのか。
今まで稼いだ分のリターンがあるはずだ。
リスクを取れる人間がリスクを取る。
リスクをいかにシェアするか、それが市場が作り出す唯一のメリットであったはずなのに。
 

 

そろそろ遊ぶことに軸足を据えるべきサラリーマンたち

「これから先は自分が楽しいと思うことを無理なくやって行けばいい」
日本人は経済原理のために、組織のために、様々な言い訳をしてがむしゃらに仕事に打ち込んできた。
だが仕事以外にもやることはある。
むしろ仕事を頑張るだけでは日本という国全体は豊かにはならない。
もうそれだけでは限界なのだ。
いかにうまく人が遊べるか、それを作り出すサービスが必要とされる時代になったのだ。
ほどほどに働いて楽しく生きる、それだけのこと。
それを目指すことが日本の経済のためにもなる。
 

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