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aichikenminの書斎

20代サラリーマンが、読んだ本と、心に残った言葉、その時考えたことを徒然なるままに書き留めたもの(金融、理系、工学、航空機、読書)

【読書】学問のすすめ/福沢諭吉 齋藤孝 訳 国民は客ではない、国の主人である

名言 社会

国民は客ではない、国の主人である

一万円札の肖像画にもなっている福沢諭吉

彼の著作である学問のすすめは有名である、

有名であるが、僕はまだ読んだことがなかった。

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

新品価格
¥886から

日本人として、読んでおかなければならないような気がして手に取る。

現代語訳を選んだのは、読みやすさを重視したから。

途中で投げ出すおそれがあるためだ。

 

現代語訳だったからか、容易に読了することができた。

これならば気楽に手に取ることができるし、人に勧めることもできる。

 

昔の本を現代語にするというだけで、読者は爆発的に増えるだろう。

内容は現代に充分に通じるものがあるし、現代だからこそ余計に皆に読んで欲しい。

そう思える一冊だった。

 

政府が悪いのは国民の責任

「個人が尊いのではなく、国の法律が尊いのである」

国の法律を扱う官僚という個人が偉いのではない。

そこには身分は関係ない。

人は平等。

社会的役割が違うだけ

官僚は決して驕らず仕事をすることが求められる。

また国民は、税金で食わせてやっているという意識も捨てなければならない。

人は平等だからだ。

 

「愚かな民の上には厳しい政府がある」

政府が悪いという意味では決して無い。

民が愚かであることから自らが招いた災いだという意味だ。

国は、国民が作るもの

政府が勝手に作った国に、勝手に住んでいるという意識を持っている人は国民ではない。

主権を忘れてはならない。

自分の国に関心がないなんて、とても悲しい

 

「一国は会社のようであり、人民は会社の人間のようであって、
ひとりで主人と客の二つの役目をつとめるべきなのだ」

国は人で成り立っている。

今の日本人の多くは、客になっている

客になっているからこそ、選挙にいかず、税金を払うことに文句を言う。

国も自分たちによって成り立っているのだ。

自分たちの立っているところぐらい、自分で土を固めたいのが普通だ。

福沢諭吉からお叱りを受けたような、一番心に残ったフレーズだ。

 

「他人の働きに口を出そうとするならば、試しに自分をその働きの立場において、
そこで反省してみなければいけない」

口だけで批判をするのでは不十分。

実際にそこに立ってみて、何をするのか、何ができるのか。

批判だけしていればいいと考える国会議員を反面教師にして。

 

 

国のためにという意識

「それなりの身についた特長があるならば、それを生かして世の役に立とうと思うのが普通の人情である」

国のために、役に立つ仕事をする。

それが国民のあるべき姿だ。

今一度自分に問いかける、自分の仕事は国の役に立っているだろうか

 

「商売や工業のやり方で、政府が発明したものなど一つもない」

すべては民が考えることから始まる。

政府が思い切って舵を切れることなどほとんど有りはしない。

逆に、民から生まれたものを保護することが政府の役割である。

そのための法律だ。

民は自由な発想で、自由に活動する。

官は民を保護することと、民が行き過ぎることを治めること

 

学ぶことは判断すること

「信じる、疑うということについては、取捨選択のための判断力が必要なのだ。学問というのは、この判断力を確立するためにあるのではないだろうか」

学問は知識を得るだけでなく、得た知識を使って判断することまでを指す。

無駄に知識だけある人間が増えていると感じている。

ペーパーテストは出来るんだけれども、話していて面白くない。

暗記は学問をしていないのだ。

暗記をして考えるのをやめてはいけない

 

何かを成し遂げるためには時間軸を持つ

「多くの人は事の難易度と時間のかかり方を計算しない」

何年後に何かするという目標を立てる人は多い。

だが、それを小さい目標たちに棚卸しできている人は少ない。

大雑把な目標であれば、まだ大丈夫、慌てるような時間じゃないと逃げてしまう。

遠くの目標のために、小さなマイルストーンを設定し、進めることが必要。

これ、難しいんだよなぁ、しみじみと実感。

 

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