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20代サラリーマンが、読んだ本と、心に残った言葉、その時考えたことを徒然なるままに書き留めたもの(金融、理系、工学、航空機、読書)

【読書】科学者と戦争/池内了 いかなる立場で科学研究を行なうのか

武器輸出、軍学共同というように産業界にも大学にも軍という言葉が目立つようになった

科学者と戦争 (岩波新書)

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憲法9条の改憲など、戦争への道筋が少しずつ見えてきているのかもしれない今。

日本がいつまでも平和主義を貫くことができるのか疑問視されているときに、国民は無関心でいてはならない。

 

戦争には武器が必要だ。

第二次世界大戦で使われた核がその最たるもの。

 

それらはどうやって生み出されたか。

科学技術により生み出されたものだ。

科学が理論を研究し、それを用いた技術により開発される。

 

戦争をして人を殺した人はもちろん、果たして開発に関わった人たちはどう思っているのだろうか。

戦時中に人を殺すことは英雄として見られる。

科学者や技術者は創っただけ、使ったのは自分ではない。

だが、それでいいのか。

作ったものに対する責任を無条件に捨てることはできるのか。

科学技術を志す人に、そしてルールを決める人に、全ての人に読んで欲しい一冊。

研究の目的は何か

「何のために科学研究を行なうのか、誰のための研究なのか、という科学者の原点に立ち返らなければならない」

研究には目的がある。

ここの研究の目的の他にも、大前提がある。

それは人類のためになることを研究すること。

短期的な視点ではなく、長期的な視点で。

狭い視点ではなく、広い視点で。

研究にのめり込んでいる内に見失いがちである。

 

 

自分の目線の中にはどこまで含まれているか

原発や武器の輸出を奨励し、宇宙産業が自立するよう塩梅し、軍学共同にも熱心である」

著者は経産省のことをこう指摘する。

大学は文科省の管轄であり、軍学共同を推奨する経産省とは異なる。

経産省はあくまで経済力の強化が第一目標である。

経済力、短期的な目的である。

だが結果を出さなければならない。

長期のスパンで見れば軍事力強化に繋がる手段を用いたとしても。

経済を強化するために果たしてそのような手を用いて良いのか。

後戻りできなくなるのは自分たちではないのか。

 

科学の二面性

「デュアルユース」
「科学そのものは中立だが、技術となると善にも悪にも用いられるという考えだ」

技術は使う人次第。

いい方向にも悪い方向にも使える。

もちろん言わんとしていることはわかる。

だが、全てが全てそういうものではないだろう。

例えば軍用機などは戦争を想定してのみ成立するものだ。

それらに対する技術もデュアルユースといえるのだろうか。

その機体が人を殺したとしても、責任はないのだろうか。

 

世界を少しだけ良くするために人は何かをする

「科学の研究は世界の平和と人類の福利のために行なうもの」

本質はどこにあるか。

科学は世界のためにある。

人類のためにある。

同じ人類同士でいがみ合うための道具を作るための科学は存在しない。

何を目指すか、大局観を見失ってしまってはダメだ。

 

責任は皆にある、逃げてはならない

「法や憲法の建前をきちんと吟味し、法治主義の可能性と限界を常に考えて行動する」

もちろん、科学者だけの問題ではない。

それを規制する法律に関しても同様のことが言える。

法律を作る側にも同じレベルの視点が必要だ。

皆の世界は皆で作り上げていく、共同体という意識を持つべきである。

自分には関係ないという言葉はもういらない。

科学者の思いはこれらの言葉につまっている。

 

「科学者の任務は、法則の発見で終るものでなく、それの善悪両面の影響の評価と、その結論を人々に知らせ、それをどう使うかの決定を行なうとき、判断の誤りをなからしめるところまで及ばねばならぬことになる(朝永振一郎)」

「人格なき学問、人間性が欠けた学術にどんな意味があろうか(ガンジー)」

 

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