【読書】俳優・亀岡拓次/戌井昭人 大きな役を射止めるよりも、地方ロケでいい居酒屋に巡り合えればそれでいい
味のある男、亀岡拓次の魅力にとりつかれる小説
奇跡を呼ぶ男、安田顕主役で映画化されたと聞き、これは読まざるを得ないと本屋で購入。
主人公の亀岡拓次は37歳の脇役俳優。
読めば読むほどに、彼の魅力にとりつかれる。
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短編が7編はいっており、彼の仕事の一本一本での出会いや奇跡がつまっている。
大きな役を射止めるよりも、地方ロケでいい居酒屋に巡り合えればそれでいいという亀岡。
彼自身の魅力が、直接的に描かれているわけではない。
例えば、カリスマ性があるだとか、クリエイティブだとか、そういう点は一切出てこない。
ある意味、クリエイティブなのかもしれないが。
彼の魅力を伝えるのは、彼の周りの登場人物たち。
変わった人間が多いけれども、彼らの共通点は、亀岡拓次のことが大好き。
亀岡拓次と周りの人との触れ合いの中で、亀岡拓次に魅了されていく、そんな一冊。
「鎌田さんは絶対的なカリスマ性があるのに、そんなもんはどこかにうっちゃって、まったく気取らない。
そこが逆にみんなから惚れられるところであった」
とても魅力的。
主人公でもいいのではないかと思うほどのかっこよさ。
だが、これは亀岡本人のことではない。
鎌田さんというのは、亀岡と共演する大物俳優。
「もっとマシなところへ。おれ達が腐っちまわないところへ」
亀岡の好きな映画のセリフ。
若者の焦燥感を描いたワンシーン。
閉塞感からの脱却。
これは現代社会においては、若者だけの問題ではない。
社会全体が閉塞感に包まれている。
そして、若者以外はそれを見ないようにしている。
「おれにはやらなくちゃならねえことがあるんだ。
それが今なのかわからねえが、今のような気がする」
こちらも亀岡が好きな映画のセリフ。
このカッコいいセリフを思い出して、次に亀岡がやったことは、宿を探すこと。
亀岡の人間性を表しているいいシーンだ。
「止まってられっか馬鹿野郎」
亀岡が出演する作品の監督の口癖。
ワンマンの代名詞のようなセリフだが、指導者にはこれぐらい必要なのかもしれない。
これほどズバッと物事を言うような人が政治家になれば、国民は期待するのかもしれない。
「駅構内の人混みの中を松葉杖でのろのろと歩いていると、
この場に取り残されていくような気分になってきた」
怪我をした亀岡が松葉杖で歩いている。
なんてことのない場面ではあるが、世間から置いて行かれるという思いが伝わってくる。
きっと本人はさほど気にしてないのだろう。
「亀岡さん自身がすでにCGなんですね」
共演者が奇跡をおこした亀岡に対して賞賛を送るセリフ。
リアルを超えた男、亀岡。
正直、笑いが止まらなくなる小説。
「日本の地方ロケで、素敵な居酒屋を見つけ、美味い酒にありつければじゅうぶん幸せになれるのだった」
ハリウッドからの誘いに乗り気でない亀岡の心象。
亀岡の生き様を表すような一節。
大きな役を射止めることなど眼中にはない。
慎ましく地に足つけて生きていくことの素晴らしさを亀岡は教えてくれる。
彼の生き様は、日本の意識高いサラリーマンとまったく違う。
彼の姿から、学ぶべきものは計り知れない。
「ここはまわりの雰囲気がやたら明るいので、自分がいなくなってしまいそうな気がして」
異国の地の賑やか過ぎるバーで、一人孤独感にさいなまれる亀岡。
この気持ちは非常にわかる。
静かなところに一人でいることは全く抵抗ないが、
賑やかなところで、自分が一人きりだと急に焦りを感じる。
群れたいとは思わないが。
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