【読書】サクリファイス/近藤史恵 ロードレースチームのために犠牲になるアシストという役割
勝者は一人、だがチーム競技。それがロードレース
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アシストに与えられた使命。
それはエースに勝利をもたらすこと。
自分は犠牲になりエースを勝たせること。
それが自転車を漕ぐ理由。
陸上選手から自転車競技に転じた白石誓。
彼はプロのロードレースチームに所属し転戦していた。
彼のチームには絶対的エースが一人いる。
エースに見込まれ、白石はアシストとして重宝される。
自分が一番になるのではなくエースを一番にさせる、それが目的のアシスト。
白石はその立ち位置に非常に満足していた。
チームメイトからエースの黒い噂を耳にする。
彼は他人を蹴落としエースの座に立った、という噂だ。
そして蹴落とされた人間は車椅子での生活を余儀なくされている。
エースの座に就くためになんでもする、そんなエースだと。
様々な不安が残るなか、ヨーロッパでのレースに出る。
そこで起こった事故、果たしてそれは事故なのか事件なのか、犯人は誰なのか。
ロードレースの魅力とスリリングな人間ドラマを濃縮。
さらにはミステリーとしての仕掛けを備えた素晴らしき一冊。
ロードレースを知らない人間が、間違いなくロードレースにのめり込むであろう一冊。
エースを勝たせるという役割
「勝利というものの尊さ、敵である相手を賞賛する気持ち」
ロードレースで勝者となる人間はひとりだけ。
だがロードレースはチームスポーツである。
みんなチームのために走る。
チームは一人のエースを勝たせるために結成される。
エース以外の人間は全てアシスト。
そう、自分が勝つことは望んでいない。
他人のためにどれだけ自分の身を粉にして働けるか。
そこに尊さというものが出てくるのだ。
近づくことそのものが幸せ
「それでも、そこまで登れたイカロスは幸せだったのではないだろうか」
白石は考える。
自分は石尾に近づくために漕ぎ続ける。
漕いで漕いで漕ぎ続ける。
いつか、石尾に近づくために。
そして近づけなかったとしても、幸せを感じるのではないだろうか。
太陽に近づきすぎたイカロスのように。
そこまで人のために何かできるという類稀な経験を得るのだ。
真実を知ること≠幸せであること
「憎む相手なんかいない方がいいんだよ」
物語は一転、ロードレーサーたちの駆け引きからミステリーになだれ込む。
真実はどこにあるのか、そして明らかになった真実を伝えるべきなのかそうでないのか。
人間はどのような形で一番平和に暮らせるのだろう。
知りたくもない真実を知ることで人の心は汚れていく。
知らなくてもいいこと、知らないほうがいいこと。
それは誰が判断するのだろうか、誰が判断できるのだろうか。