【読書】ハーモニー/伊藤計劃 理想郷に倦んだ少女は、世界を終わらせようとする。
人質は全世界の人間たち
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舞台は21世紀後半、世界的な混乱を経て、世界は変わった。
大規模な福祉厚生社会を作り上げたのだ。
医療分子の発達により、人は病気にかからなくなった。
体の中に入れた分子が、全てを管理し、指導する。
人の重要な機能はアウトソースされ、痛みを感じることがなくなった。
世の中からは不健康な物が駆逐され、画一化された体型の人間たちであふれかえる。
個性は徐々に失われるものの、社会は理想的なもの、ユートピアが訪れる。
そんな世界を憂う3人の少女たちがいた。
彼女らは世界に立ち向かうために、反旗を翻すために、自分自身を殺すことにし
た。
なぜなら、世界が守っている自分の体を傷つけることは、世界への反逆であるから。
しかしながら実際に実行したのは一人だけ。
残りの二人は生き残ってしまった。
怖くなったのだ。
それから13年が経ち、事件は起こる。
6000人近くの人間たちが、一斉に自殺を企てた。
そしてその事件の背後に見え隠れする少女の影。
それは13年前に自殺したと思っていた少女であった。
人間とは何か、生きるとは何か。
便利さとは何か、人間らしい行動とは何か。
技術の発達により人間がしなくて良い行動が増えたと同時に、何かを失っているのではないだろうか。
その極地を見せてくれる一冊。
オトナで或るということ
「お互いが慈しみ、支え合い、ハーモニーを奏でるのがオトナだと教えられて育ってきたから」
皆が皆、支え合い、助け合うことを当然だとして育てられてきた少女たち。
関与されることを望み、関与することを善とする。
都市化による関係の希薄化とは全く逆の方向に振れた、一見理想的な社会がそこには存在する。
便利が故に何かを失っている人間たち
「オトナたちは、それまで人間が分かちがたい自然の産物と思ってきた多くのものを、いまや外注に出して制御してる」
自然の脅威に恐れなくなった人間たち。
それは健康管理を外注化することで、病気になることを無くしている。
だが、それ以上に進めば、生きることを外注することにつながる。
ひいては考えるということも。
自然に逆らい続けることで、人間はどうなるのか。
どこからが人間で無くなるという境目なのであろうか。
平和とはさらけ出すことの対価
「この社会はね、自分自身を自分以外の全員に人質として差し出すことで、安定と平和と慎み深さを保っているんだよ」
自分の情報を社会に開示する。
つまりは、自分の行動が逐一把握されているのだ。
そのような管理体制下において、この世界の平和は維持されている。
果たしてそれが人間らしくあるということなのだろうか。
社会を上手く回すという目的は達しているようであるが、人間の生きる術とは異なるように感じる。
予定通りにしか物事は起きない
「この世界は、いつの間にか一冊の巨大な本になっちゃった」
支配された人間たちは、行動パターンも画一化する。
その先にあるのは、意識すら不必要になる世界。
なぜならそれが一番社会を平穏に保てる手段であるから。
その世界はもはや、誰かが書いた本のように決まりきった世界。
予定調和から逃れられない世界なのだ。
それは箱庭のようで、虚しさしか生まれない。
人から見た世界、それが物語
「物語というものは、誰かに寄生することでしか存在しない」
物語は人の目線で語られる。
その人の目線により、世界の見え方が変わり、物語の姿も変化する。
それが小説の魅力であり、この本の魅力でもある。
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