aichikenminの書斎

20代サラリーマンが、読んだ本と、心に残った言葉、その時考えたことを徒然なるままに書き留めたもの(金融、理系、工学、航空機、読書)

【読書】半島を出よ(下巻)/村上龍 多数派にいることで考えなくなった日本人へ

はぐれもの達だから行動ができる、考えることができる

半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)

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襲来した反乱軍により占拠された福岡。
日本政府はさらなるテロに怯える。
そして福岡を封鎖する。
あっという間に九州は反乱軍の占領下となってしまった。
福岡に住む日本人は逮捕され、拷問され、粛清される。
白昼の銃撃戦が起こったり、絶望が渦巻く世界となってしまった。

 

そんな中、抵抗する人間たちが現れた。
それは日本政府でも、自衛隊でも、SATでもない。
住民コードもないホームレスのような若者たちであった。
彼らが圧倒的な戦力を持つ反乱軍に対し、どのように戦いを挑むのか。
そして自由は得られるのだろうか。
多数派の中にいて抵抗することを忘れてしまった日本人と、その外側から俯瞰してみた人間達がとる行動は全く違う。
そしてどちらが正しいのか。
それはこの本を読んで見れば読者に対し、おのずと与えられるものではないだろうか。

目立たないものが目立つとき 

「集団や軍や国家の均衡が取れている間、その装置は穏やかで目立たない」
力の弱い小数を犠牲にする装置。
それはどこにでも存在する。
そして巧妙に隠されているだけだ。
それが顕在化するのは危険が迫った時。
果たして現実世界において、顕在化するのはいつだろうか。
 

 

誰かの猿真似ではないと誰が言えるか

「暖かな家庭とか、善良な人間とか、幸福な人生とか、それぞれにモデルがあってみんなそれを模倣し、なぞっているだけだった」
この言葉、はたして自分はそうではないと誰が断言できるだろうか。
いつのまにか大衆の一人になってはいないだろうか。
考えない多数派の一部として、思考停止に陥ってはいないだろうか。
自分の考えで決断したこと、それを思い出すことができるだろうか。
 

選択されなかったものの行く末を

「何かを選ぶというのは同時に別の何かを捨てることだ」
これを理解していない人が多すぎる、という発言がある。
そう、この論理は資本主義の社会に埋め込まれているものだ。
誰がその選択をする際に、人々はどれだけこれを分かっているだろうか。
捨てられた先にあるもの、それはいったいなんだろうか。
それほど深く考えることができているだろうか。
ふとした言葉に心が動かされる。
 

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