読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

aichikenminの書斎

20代サラリーマンが、読んだ本と、心に残った言葉、その時考えたことを徒然なるままに書き留めたもの(金融、理系、工学、航空機、読書)

【読書】愚行録/貫井徳郎 他人を語ることで垣間見える本質

他人を語る、それは自己を語ること

愚行録 (創元推理文庫)

新品価格
¥756から

幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。
深夜、家に忍び込んだ何者かによって一家4人が惨殺された。
その事件を、彼らの友人・隣人達が語る。
エピソードによって浮かび上がらせる何か。
理想の家族に見えた彼らは、一体何故、殺されてしまったのだろうか。
殺されなければならなかったのだろうか。
他人を語ることで、その人の本質が見えてくる。
他人を語ることで見えてくるのは、その人の本性である。
果たして、暴かれる真実は何を見せてくれるのだろうか。
 

 

 
この作品は、それぞれの人間の独白によって構成される。
独白するのは、隣人であったり、友人といった関係者達。
彼らは、被害者家族について語る。
彼らがどんな人であったか、みんなからどう思われていたのか、そして自分はどう思っていたのか。
その発言の中から何かが見えてくる。
明らかに何かが見えてくる。
それは果たして何だろうか。
人の振り見て我が振り直せ。
まさにこの言葉を思い出してしまった。

記憶の中で人は生きている

「こうして話を聞いてもらわなきゃ、田向のことを思い出す機会すらなかったんだから」
本作はインタビューに関係者が答える場面で構成されている。
インタビューされることで故人への思いを馳せる。
人は思い出されることでまた生きている。
思い出されることがなくなってしまうほど悲しいことはない。
 

 

言葉は雄弁に人を語る

「田向夫妻よりも、それを表現しているインタビュイーたちの印象が強く残るのはなぜだろう」
他人のことを語ることで本性が見える。
その不気味さを目の当たりにさせてくれたのが本作品だ。
そこが魅力であり、そこが恐ろしいところなのだ。
この作品が映画化される。
果たして一体どうなるのだろうか。
語り手たちの恐ろしさ、不気味さが明らかに伝わりそうな配役でもある。
 
「何かを語るとき、人はどうしても自分というフィルターを通してものを見てしまう」
バイアスをかけずに事実だけを伝える。
そう心がけていたとしても、何かしら見えてしまうものはあるのだ。
それが人間らしさであり、コンピューターとは違うところ。
コンピューターにはできないところ。
果たしてそれに価値を見出すことができるのだろうか。
見出すことはできなければ、全てAI変わってしまう。
そんな未来もあるのかもしれない。
 

関連記事